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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。内容を全く知らず、タイトルだけに魅かれて観始めました。ハードボイルドな映画?
主演はベネディクト・カンバーバッチだから面白いに違いないと期待して。
舞台は、多様性という言葉がまだ一般的ではなかった1920年代のアメリカ西部。
男らしさが何よりも重んじられた時代に、誰よりも男らしく振る舞おうとする男がいました。
ところが、この男、どうにも不可解なんですよね。
弟の妻となったローズを異様なほど毛嫌いするし、男同士の世界に強いこだわりを見せる。
そして、もう一人の重要人物がローズの息子ピーター。
一見すると繊細で弱々しい青年なのですが、どうにも底知れない不気味さがある。
この二人が近づき始めたとき、物語は思いもよらない方向へ進んでいきます。
派手な事件が次々と起こる映画ではありません。それなのに、最後まで観ると、それまでの何気ない場面がまるで違って見えてくるのです。
今回は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』がどんな話なのか、あらすじと結末を振り返りながら、フィルの隠された本性やピーターの最後の笑顔について考察してみたいと思います。
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』はどんな話?
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、1920年代のアメリカ・モンタナ州を舞台に、牧場を営む兄弟と、弟が結婚した女性、その息子の間に生まれる緊張関係を描いた心理ドラマです。
主人公のフィルは、粗野で威圧的な牧場主。弟ジョージが未亡人ローズと結婚したことを快く思わず、彼女を精神的に追い詰めていきます。
ところが、ローズの息子ピーターに対するフィルの態度が、あるときから変わり始めます。
男らしさ、孤独、抑圧された欲望、そして人間の心に潜む残酷さ。
西部劇のような舞台設定でありながら、銃撃戦ではなく、登場人物たちの心理的な駆け引きによって物語が進んでいく作品です。
とにかく嫌な男だったフィル
とにかく嫌な男だったフィル
フィルを演じるのはベネディクト・カンバーバッチ。
このフィル、とにかく嫌な男なんですよ。
牧場で働く男たちを従え、弱い者を見つけてはからかう。人が傷つくことなどお構いなし。
ところが、フィルはもともと粗野な環境で育った男ではありません。
実はイェール大学で学んだインテリで、字も美しく、手紙もまめに書く。両親は上品な物腰の人たちで、一家は州知事とも交流があるような裕福な家庭です。
つまり、私たちが想像するような、荒野で生まれ育った根っからのカウボーイではないんですね。
それなのにフィルは、身なりにも構わず、風呂に入ることさえ嫌がり、荒っぽい言葉遣いで男たちを従えている。
教養もあれば、上品に振る舞うことだってできるはずなのに、なぜか徹底して野性的な男であろうとする。
この人、いったい何と戦っているんだろう?
そんな疑問が浮かんできます。
そのフィルが特に執着しているのが、弟のジョージです。
兄弟で牧場を経営し、ずっと一緒に暮らしてきた二人。
ところがジョージが未亡人のローズと結婚したことで、それまでの関係が変わってしまいます。
フィルはこの結婚が気に入らない。
ローズに冷たく当たり、精神的に追い詰めていきます。
ローズがピアノを弾こうとすれば、フィルはバンジョーで圧倒する。直接手を出すわけでも、大声で怒鳴り続けるわけでもない。
それでも相手を萎縮させる方法をよく知っているんです。
ローズは次第に酒に頼るようになり、観ているこちらも気が重くなる。
そして、ローズの息子ピーターに対しても容赦がありません。
細身で物静かで、紙の花を作るピーターは、フィルが考える「男らしさ」とは正反対。
フィルはそんなピーターを男たちの前で馬鹿にします。
ところが、よく考えてみると、フィル自身もどこか不自然なんですよね。
女性を遠ざけ、男同士の世界に強いこだわりを持ち、亡くなったブロンコ・ヘンリーという男を何度も懐かしむ。
観ているときには単なる偏屈な男に見えたのですが、後になって振り返ると、その言動には別の意味が隠されていたように思えます。
そして、このフィルが馬鹿にしていたピーターこそ、物語の行方を大きく変える人物だったのです。
ピーターは最初から怖い
ピーターは医師を目指している青年です。
動物の解剖にもためらいがなく、感情をあまり表に出さない。
最初から、どこか普通ではない雰囲気がありました。
ピーターは、母親がフィルによって追い詰められていくのを見ています。
そして、あるときからフィルに近づき始めるのです。
あれほどピーターを馬鹿にしていたフィルが、突然親切になったことには、かなり違和感がありました。 しかも、ピーターの方は何を考えているのかさっぱりわからない。
今振り返ると、あの接近は全部計算だったんじゃないかと思うんです。 ピーターはフィルの懐に入り込んだ。しかも、かなり巧妙に。
川で見たフィルの秘密が、二人の関係を変えた
フィルは人前では荒々しく、男らしさに強くこだわる人物です。
ところが、人目につかない川辺では、まったく違う顔を見せます。
ピーターはそこで、フィルの隠された一面を知ることになります。
さらに、フィルが敬愛してやまないブロンコ・ヘンリーに関する写真や雑誌も目にしていました。
ブロンコ・ヘンリーは、フィルにとって単なる昔の師匠ではなかったのでしょう。
フィルの言葉の端々から、その存在がどれほど大きかったかが伝わってきます。
ピーターは、そんなフィルの秘密に気づいた。
そして、フィルもまた、自分の秘密を知ったピーターに心を開き始めます。
ここで私は、ちょっと考えてしまいました。
フィルはピーターに、恋愛感情に近いものを抱き始めていたんじゃないか?
もちろん、映画の中ではっきりそう描かれているわけではありません。
でも、あわよくばピーターも自分と同じ性的指向を持っていて、うまくいくかもしれない。
そんな期待が、少しくらいあったのではないでしょうか。
そう考えると、フィルの態度が変わった理由にも納得がいくんです。
「裸で温め合ったの?」あの質問で立場が逆転した
私が特に印象に残ったのは、フィルがブロンコ・ヘンリーに命を救われた話をする場面です。
寒さの中、ブロンコ・ヘンリーが自分を助けてくれたと語るフィル。
そこでピーターは、二人が裸で体を温め合ったのかと尋ねます。
この質問、なかなか大胆じゃありません?
でも、ピーターは動揺しているようには見えない。
むしろ、フィルの反応を確かめているようにも見えました。
私は、ここで二人の立場が逆転したように感じました。
それまでフィルは、ピーターを見下す側の人間でした。
ところが、この会話ではピーターのほうがフィルの内面に踏み込んでいる。
フィルが何を隠し、何を求めているのか。
ピーターには、それが見えていたのかもしれません。
一方のフィルは、自分を理解してくれる相手が現れたと思ったのではないでしょうか。
そうだとしたら、なんとも悲しいすれ違いです。
フィルは心を開き、ピーターは殺す準備をしていた
フィルはピーターのために革紐を作ろうとします。
あのフィルが、ですよ。
最初は散々馬鹿にしていた青年に、自分の技術を教え、何かを作ってやろうとしている。
不器用ながらも、彼なりの親愛の表現だったのだと思います。
フィルが大切にしていた革を母親のローズがフィルへの嫌がらせのために先住民に渡してしまいます。
それを知ったフィルは激怒。
そこにピーターが「自分が採取した革を使って」と、フィルに渡します。
ところがその革は、炭疽菌に感染した牛の死骸から採ったものでした。
これには本当に驚きました。
観ているときは、医学に興味があるから何か調べているのかな、くらいに思っていたんです。
まさか、あれが殺害につながるとは。
フィルは手に傷を負っていました。
そこへピーターが差し出した革。
フィルはそれを使って革紐を作り、結果として炭疽菌に感染して死んだと考えられます。
つまり、フィルはピーターとの距離が縮まったと思っていたのに、ピーターはその信頼を利用していた。
これがつらい。
フィルが優しくなっていくのを見ながら、私は「騙されてる……」と思ってしまったんです。
フィルがローズにしたことはひどい。
だからといって、フィルの孤独や、誰かを信じたい気持ちまで否定できるわけではありません。
最初はあんなに嫌な男だったのに、最後にはフィルのほうがかわいそうになってしまいました。
ピーターは母親を守ったのか、それとも支配したのか
ピーターがフィルを排除した理由は、母親を守るためだったのでしょう。
ローズはフィルの嫌がらせによって酒に溺れるようになっていました。
ピーターにとって、フィルは母親を苦しめる存在だった。
だから殺した。
そう考えれば筋は通ります。
でも、私はここで少し引っかかるんです。
ピーターは本当に母親を守りたかっただけなのか?
それとも、母親を自分の管理下に置きたかったのではないか。
ラストで、ピーターは窓からローズとジョージの姿を眺めて微笑みます。
母親が幸せそうにしているのを見て安心した、とも受け取れる場面です。
でも私には、もう一つの見方が浮かびました。
「これで自分の望む状態になった」
そんな満足の笑顔にも見えるんですよね。
ピーターは母親に優しい。
母親を大切に思っているのも、おそらく本当でしょう。
でも、その母親のためなら人を殺すこともできる。
しかも、母親自身は何も知らない。
母親の意思を確かめることなく、自分で判断して、自分で問題を解決してしまう。
これって、愛情であると同時に、支配でもあるんじゃないでしょうか。
もちろん、ピーターがその後も母親を支配しようとしたかどうかは描かれていません。
あくまで私の解釈です。
でも、あの笑顔を見て、単純に「お母さんを守れてよかったね」とは思えませんでした。
本当に強かったのは誰だったのか
この映画には、「男らしさ」や「強さ」について考えさせられる場面がいくつもあります。
フィルは荒々しく、腕っぷしも強く、牧場の仕事にも精通しています。
いかにも強い男です。
一方、ピーターは細身で物静か。
フィルが馬鹿にするような青年でした。
でも、最後に勝ったのはピーター。
しかも、力ではなく頭脳と計算で。
ピーターは、亡くなった父親から強い人間だと言われていたことをフィルに話します。
フィルには、その言葉が理解できなかったのかもしれません。
でも、結末を知ると意味が変わってきます。
ピーターは確かに強かった。
ただし、その強さは、私たちが素直に称賛できるようなものではなかった。
そしてフィルは、あれほど他人の弱さを見抜くのが得意そうだったのに、自分の孤独を利用されるとは思わなかった。
人を支配していたつもりのフィルが、いつの間にかピーターに操られていた。
なんとも皮肉な話です。
感想まとめ|私はフィルが悲しかった
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、観終わった瞬間よりも、あとから考えるほど印象が変わる映画でした。
最初は、フィルが突然死んでしまったことに拍子抜け。
その後、ピーターが炭疽菌を使っていたとわかって驚き。
そして、二人の関係を振り返るうちに、フィルがかわいそうになってきた。
フィルは嫌な男でした。
ローズを精神的に追い詰めたことも事実です。
でも、ピーターに対して見せた優しさは、本物だったんじゃないでしょうか。
ブロンコ・ヘンリーを失ってから、ずっと抱えてきた孤独。
ようやく自分を理解してくれる相手が現れたと思ったのに、その相手が自分を殺そうとしていた。
ピーターは母親を守ることに成功した。でも、そのために利用されたフィルの気持ちを考えると、私は悲しい。
この映画、誰が善人で誰が悪人なのか、簡単には割り切れません。
それにしても、ベネディクト・カンバーバッチがあれだけ強烈な男を演じていたのに、最後に全部持っていったのは、あの物静かなピーターだったとは。
恐るべし、ピーター。
そして、騙されていたフィル。
もう少し違う形で、誰かと心を通わせることができていたら……。
そんなことまで考えてしまう映画でした。
💡パワー・オブ・ザ・ドッグ まだ観ていない方はぜひ


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